第2章 『悪そうな奴ら』

俺がNew Havenに到着したのは1995年の8月だ。ここにあるYale大学以外にもいくつか大学院に合格したが、ここを選んだ理由は単に「やばい町」と聞いていたからだ。New Havenはコネチカット州にあるが、犯罪率は州内で2位だ。着いた当初の食料といえば、Chapel Mallというかなり荒廃したMallにあったバーガーキングのハンバーガーだった。日本では考えられないような巨大なハンバーガーが100円以下の値段で食べられる。ほとんど留置場の食堂ともいえるこのバーガーキングには確かに悪そうな奴らが多かった。発砲事件が時々起こっていたこのMallにあるのだから当然か。しばらくして500円ほどでサンドイッチが食べられるSubwayを見つけた。ここの客はよさそうな連中だった。どうも「悪そうな」客は500円という敷居が高くて超えられないらしい。

 生活するためには足が大切だ。到着当初は歩いてどこにでも行っていたが、さすがに疲れるので自転車を購入した。10段変則ギア付のちょっといかしたマウンテンバイクだった。このマウンテンバイクの凄いところはギアチェンジがオートマチックだったということだ。坂をこいで上っていこうとすると、自然にどんどんきついギアの方に変わっていく。「なるほど。こうやってアメリカンは力を普段から鍛えているのか」と感心したものだ。1週間ものっていると今度はハンドルがキーキーと音を立てるようになった。さすがにうるさいので近所の自転車屋でなおしてもらうことにした。さっき書いたChapel Mallの近所にある荒れ果てた自転車屋だった。入るとのりがよさそうなちょっと悪めのおやじが出てきた。

「どうした?」

「いや、ちょっとハンドルがキーキー鳴ってうるさいから、なおしてよ。」

「OK.まかせろ!」

そういうとそのちょっと悪めのおやじはいきなりスプレーを持ってきて、どこを標的とするわけでもなく2,3回しゅー、しゅーとふきかけた。

「こんなんでなおるのかよ。」

と内心思ったが、驚くべきことに音はしなくなった。そのちょっと悪めのおやじは得意そうに、

「どうだ。まるで魔法だろ!」

と言った。俺はいくらか金を払って外に出た。そして勢いよく自転車をこぎだした。1分後、カーブを曲がろうとしたときいきなりその魔法が解けた。俺の自転車は再びきーきーと鳴き出した。凄い魔法だと思った。

 そうこうしているうちに車を買った。いらなくなった自転車は売るのも面倒なので、自転車置き場にずっと放置しておいた。アメリカは自転車の盗難なんて日常茶飯事だ。だから、普通10台くらいの自転車がとめられる10メートルくらいの地面についた金属のかたまりにタイヤなり、Bodyなりをチェーンでロックして置いておく。俺は研究室に行く途中の自転車置き場に自分の自転車をずっと放置しておいた。常時、俺の自転車以外にその近くで働いている人などの自転車が10台ほど置いてあった。ある日のことだったが、その自転車置き場を通りかかると悪そうなマッチョの奴らが中型のトラックからわさわさと出てきた。

「なにをやるんだろうな?」

と傍観していると、自転車をつなぎとめる約10メートルの金属ごと10数台ある自転車を中型トラックに運び込んだ。凄まじい盗み方だ。まさに力技。普段きつい方にどんどんギアチェンジしていくアメリカ製のオートマチック自転車で鍛えている成果だろう。トラックが姿を消して10分もするとすぐ近くの建物から何人かが騒ぎながら出てきた。気がつくと大騒ぎになっていた。警察も3分ほどできた。でももう自転車はない。永久に帰ってこない。

 車を購入すると当然のことながら運転免許をとりにいかないといけない。New Havenの近所でとろうと思ったが、込んでいて空きがないのでBridgeportという、車でHew Havenから20分くらいの町までいかなければならなくなった。Bridgeportはもう長いことNew Havenを抑えてコネチカット州の犯罪率の首位を独走している無敵の町だ。そこの運転免許試験場に免許をとりにいった。入るとまず目についたのが、

「Fugitive」(逃亡者、まあ指名手配犯ということだ)

と書かれた掲示板だった。そこには若干あごを上に上げて、下目使いな感じで見下ろしているポーズの顔写真が30枚ほど飾ってあった。どの顔も極悪非道なものだった。指名手配犯だし心に後ろ暗い部分がきっとあるはずだ。でも何故写真の奴らはこんなに誇らしげなんだろう?悪そうな奴らにとってこの掲示板に写真が出るということは、きっとたいへんな栄誉なのだ。まわりを見回すとその写真の連中とだいたい同じような感じの連中が大量にいた。奴らはお互いハイタッチをしたり、抱き合ったりしてなぜか祝福しあっていた。中には「Fugitive」の掲示板の写真を指差して爆笑している奴もいた。みんな仲間なのだろうか?悪そうな連中は妙に結束が固いらしい。そうこうしているうちに筆記試験の時間がきた。筆記試験といっても何台かおいてあるコンピューターの前に立ち、そのコンピューター上で出題される問題を答えていくシステムだ。もうだいぶ昔の話なのではっきり覚えてないが、確か9問正解すれば合格で9問正解する前に4問間違えるとその時点で不合格になるというシステムだったと思う。俺が問題を解いているコンピューターのとなりで悪そうな小太りの男が試験を受けていた。そいつがやりはじめるといきなり「ブー」という不正解の音が出た。するとそいつは奴らの得意の4文字言葉を甲高い声で発して、コンピューターに蹴りをいれた。5秒後に再び「ブー」と鳴った。そいつは全く同じことをした。結局そいつは4回連続でサルのように同じ動作を繰り返し、最後の最後に思いっきりコンピューターに蹴りをいれて去っていった。悪そうな奴らの相手をするコンピューターも大変だなと思った。俺は日本人だ。ペーパー試験は悪そうな奴らよりは得意だ。当然のように筆記試験に合格するとすぐに実地試験を受けた。実地試験の教官は「昔悪かったけどちょっと更正した」って感じの男だった。俺が運転席に乗って車を走らせると、その「昔悪かったけどちょっと更正した」感じの教官は、

「右に曲がって」

と言った。20メートルほどいくとまた、

「右に曲がって」

といった。さらに100メートルもいくとまた

「右に曲がって」

といった。結局6回右にまがって1周し3分で戻ってきた。

「これで終わり?」

と聞くと、ちょっと悪そうにニヤッと笑い、

「Perfect!」

と言った。俺はすでに厳しい日本で運転免許を取得している。全く問題はないだろう。でもあの辺の悪そうな奴らはこれでいいのか?俺がその会場から出て行こうとするちょっと前に、友との祝福を終えた悪そうな奴が一人車を出発させた。門をでるところで入ろうとしてきた別の車といきなり正面衝突した。やはりこれでいいはずがない。絶対間違っている。

 車が手に入ったことで行動範囲は一気に広がった。特に夜中に腹が減ったときにコンビニに食べ物を買いにいくのに便利だった。でも夜3時にいったりすると、止めた車のまわりに闇からゾンビのように悪そうな連中がわいてきて寄ってくる。車から降りれたもんじゃなかった。いつだったか夜中にガソリンを入れに行ったことがあった。そのとき、いきなりあらわれたゾンビが、

「俺がいれてやるよ」

って言ってくるからしぶしぶやらせていたら、どうもやりかたがわからないらしく、もたもたしていた。むかついたので俺はポンプをもぎとり自分で入れだした。アメリカでは普通自分でガソリンをいれる。入れ終わって車を出そうとしたら、おどろいたことにそのゾンビはまだいた。ゾンビだからかもしれないが、全く気配がないやつだった。しかも

「いれてやっただろう。5ドルくれ」

と言いながら、車に体をいれてきた。俺は、

「お前なにもやってねえだろう」

と言い放ち、ゾンビの体が半分車に入った状態で車を発進させ10メートルほどひきずってやった。そのあとそのゾンビがどうなったのかはわからない。

 同じガソリンスタンドで別のゾンビにからまれたことがあった。そのゾンビは妙に神妙な顔をして俺の車のとなりにとまっていた車の中を指差した。そのなかには若い女性と子供が2−3人いた。そしてこう言った。

「あの車の中を見てくれよ。俺はこいつらのめんどうをみないといけないんだ。5ドルくれ。」

要するに物乞いだ。俺は子供たちの顔を見て少し情けを持ってしまった。そして、5ドルをとりだそうとポケットに手を入れた瞬間、ちょっと元気な感じの

全く別の男性がレジから現れ、あっさりとその車にのって立ち去った。

「お前の家族でもなんでもないだろう」

と言うと、

「頼むよ。5ドルくれよ。God Bless You!」

としつこくいってきた。今度は理由もなにもなかった。単刀直入な魂のさけびだった。こんな奴に金を上げて本当に神は喜ぶのだろうか?それにしてもなぜかその辺は5ドルが相場らしい。当然無視して立ち去ろうとすると急に怒りだし、得意の4文字言葉を連発しだした。「God Bless You」から4文字言葉への変化は見事としかいいようがなかった。やってることは無茶苦茶だが、俺はそいつが嫌いではない。無論金はあげなかった。

映画にも行くようになった。俺は深夜映画にいくのが好きだった。悪そうな奴らが大勢いるからだ。奴らは夜も1時を越えてるのに平気で乳飲み子を連れてくる。やがてその乳飲み子もゾンビ化するのかと思うと、ちょっとうれしいような悲しいような複雑な気分になった。彼らがいる映画館はにぎやかだ。映画のなかで主役が敵を倒すと映画館中で拍手喝さいがおきる。ちょっとでぶめのやつらなんかは、とにかくうるさい。はじめはばりばりポップコーンを食べ、それが終わると今度はずるずるとバケツくらいの大きさのコップになみなみとつがれたコークを飲み干す。飲み干すと今度はばりばりと氷を食べる。悪そうな奴らには「買ったものは決して残してはいけない」という掟があるのだ。でも映画館を去るときはゴミをその場に放置していくということも奴らの掟だ。俺はマトリックスを4回見に行った。その何回目だったか、映画が終わって車のほうに向かおうと歩いていると、将来悪くなりそうな若造が目を血走らせて小走りに俺を追い越していった。なにをやるんだろうと思って見ていると、いきなり木を相手に戦いだした。その拳法さながらの動きはマトリックスのキアヌ リーブスのようだった。よほど感動したのだろう。その将来悪くなりそうな若造はきっとその感動を木と戦うことによってみんなに伝えたかったのにちがいない。悪そうな奴らはちょっぴり不器用だ。

 

俺は奴らが嫌いではない。

>>第3章

Comments are closed.