報告書
以下の文章は某財団の奨学金を受けた高橋君がその報告書として提出し、あえなく却下されたものです。
どうして却下されたのか? そのご判断は、読んだ皆様にお任せします。
1995年に渡米しました。
渡米当初いきなり日本の某雑誌社のNew York支店長に取材をうけ、「世界をこの手に」とか言って吠えていました。
渡米前、日本のお師さんに「アメリカは『Shit』と『Great』だけ使えれば楽勝だぜ。」と聞いていました。そのお師さんの教えを忠実に守り、その2つで「世界をこの手に」つかむことに決めました。
そのころ私は激怒したときも「Shit!」と何回か連呼したあといつのまにか日本語でまくしたててけむに巻くという勝利の方程式を確立していました。
車でNew Yorkに行ったときに現金で払えない料金所のレーンに突入してしまい、出るに出られず後ろの車からもクラクションをならされたことがありました。
3秒で逆ぎれしてしまい、車の外に出て「Shit!..Shit! 」と叫びながらそこら辺をガシガシ蹴っていたら、警官が走ってきました。その警官には「知らねえよ。」とひたすら日本語でまくしたてました。
そのころには後ろにたまっていた車はあきらめてどこかに消えていました。はじめ警官もなんか言っていましたが、私の魂のさけびが通じたのか料金所を通してくれました。私はにっこりとJapanese smileをうかべて「Great!!」と吐き捨ててその場から消えました。
「お師さん。これでいいんですね。」
しかし、そんな私に大きな転機がおとずれました。
車で日本食を買いにいき家路についたときのことです。高速道路でした。
買い求めたたいやきに惹かれ、「Great! Great!」とつぶやきながらむさぼり食っていました。いくつか食べ終わり、さらにもう一つとりだそうと助手席に一瞬目をやったときに、いきなり前の車がブレーキをふみました。もしかしたら「Great」と「たいやき」の食い合せが悪かったのかもしれません。
目を前方に戻したときはもう避けられない距離になっていました。まわりがスローモーションになって見え、いままでの過去が走馬灯のように目の前を駆け抜けました。
「お師さん、、、、、、」
気付いたら前の車が煙を吹いていて、私の車も死にかかっていました。警察、救急車、消防自動車とオールスターが勢ぞろいし、高速道路を30分に渡って全面通行止めにしました。
「ち、ついてねエな。かま掘っちまったぜ。」とつぶやいた時全身が凍りつきました。
なぜあの衝突の決定的瞬間に「Shit!!」という言葉が口から出てこなかったのか?
それが私の勝利の方程式が崩壊した瞬間でした。
「Shit!、 Great!、かま!、グレートkama!、kamaシット!、、、、」もう頭の中はぐちゃぐちゃになっていました。
幸い怪我人はなく、安全が確かめられるとすぐに通行止めをときました。Rush hourだったせいもあり、とてつもない渋滞が多くの人の巨大な怒りへと変わりました。
横を抜けて行く車からは、中指を突き立てられ「けつの穴!!」とののしられました。
「世界をこの手に」つかむはずが、「けつの穴」になってしまったのです。
「お師さん。ごめんなさい。かまを掘ってしまった上に『けつの穴』になってしまいました、、、」
もはや「Shit」と「Great」だけではどうにもならなくなっていました。初めて敗北感を味わいました。
私は失意の中で車の修理に向かいました。なんとか車を動かすことができたので、死にかかっているボロボロの車をたらたら動かしながら車のDealerの所に向かいました。途中私はどうやったら「けつの穴」から這い出ることができるのだろうかと途方に暮れていました。
その時、いきなり私の後ろから別の車が抜いて行こうとし、横にならんだときに運転していた黒人がなにやらさけんできました。どうやら「止まれ」と言っているようなので止まりました。その男は車から出てくるなり手をたたいて爆笑しはじめました。私の車の破損した前部を指差しながら、聞き慣れない単語を吠えていました。
そして奇跡がおきました。
「Cool !」
それはまさに神の声でした。
そうか「Cool」って言ってるのか!!。それが私が初めて「Cool」という言葉を覚えた瞬間でした。
私はそいつの手を思わず握りしめました。「Cool !! Cool !!」二人でいつまでも叫んでいました。
お師さん。ついにあなたを超える時がきました。
これで世界をこの手につかむことができそうです。これからも見守っていてください。
高橋琢哉
高橋 琢哉 先生
先生の寄稿を拝読しましたが、掲載するには不適当と言わざるを得ません。このままでは載せられませんので、もしご希望であれば書き直しの上お送りください。敬具
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